クーンレイプレースマット −フランク・ロイド・ライト–


フランク・ロイド・ライトのクーンレイ プレースマット

クーンレイプレースマット


クーンレイ プレースマット / フランク・ロイド・ライト

大きさ:約43cm × 約31.5cm 
重量:60g
素材: ポリエステル40% アクリル35% コットン25%
生産国 : アメリカ
お手入れ方法: 水洗い可能 / 平らな状態で乾燥させてください。(ドライクリーニング推奨)
備考:フランクロイド財団公式認定商品


フランク・ロイド・ライトが手掛けた建築や作品をモチーフにデザイン!


20世紀最も影響ある建築家の一人フランク・ロイド・ライト。建築だけでなく家具や造園まで手掛けたフランク・ロイド・ライトは、装飾美術を建築に融合し独特の世界感を表現し続けました。その装飾デザインは今でも愛し続けられ、インテリアや照明などの様々なシーンでモチーフにされています。
今回ご紹介するプレースマットもその1つ。プレースマットとは、食事をするときに各個人が食器の下に引く布のこと。日本ではランチョンマットと呼ばれることもあります。フランク・ロイド・ライト独特の幾何学模様たちの中には、きっとお気に入りの一品が見つかるはずです!

 

 

クーンレイプレースマットの魅力

クーンレイプレースマットの素材感


細部までこだわったデザイン

「クーンレイ」と呼ばれるデザインは、イリノイ州リバーサイドの「エイヴリー・クーンレイ プレイハウス」(1912年建造)の為にデザインされた幾何学模様のことをいいます。フランク・ロイド・ライトが手掛けたデザインの中でも人気の高い1つであり、様々な商品に使われています。

お気に入りは長く大事に使いたい

生地は厚みがありしっかりとした作り。生地から縫製まで全ての生産工程をフランク・ロイド・ライトが生まれたアメリカで行なっています。お手入れは水洗いで。さらに、出来るだけ長く使ってもらいたいとの思いから、公式ではドライクリーニングを推奨しています。

クーンレイプレースマットの素材感

 

 

フランク・ロイド・ライトこだわり!様々なデザインがあるプレースマット!

ロバートハウスのプレースマット

ロバートハウスプレースマット / フランク・ロイド・ライト

こちらは、フランク・ロイド・ライトが手掛けたロバート邸をモチーフにデザインされたプレースマットです。こちらは他のプレースマットと違い、お手入れはスポットクリーンを推奨。
ロバート邸はライト初期の作品で、グリーンの外装に八角形の塔が特徴的な建物です。アメリカシカゴ郊外のオークパークというところに今も現存しています。

バーサーズ・オフィスのプレースマット

バーサーズ・オフィスプレースマット / フランク・ロイド・ライト

バーサーズ・オフィスのデザインをモチーフにしたプレースマット。深い緑と、フランク・ロイド・ライトの得意な幾何学模様が特徴。こちらのデザインは、現在プレースマット以外のグッズではなかなか手に入らない、貴重なものです。

ユーソニアンのプレースマット

ユーソニアンプレースマット / フランク・ロイド・ライト

フランク・ロイド・ライト晩年のスタイルである、ユーソニアンハウスのデザインをモチーフにしたプレースマット。ASTASが扱うフランク・ロイド・ライトのプレースマットの中では、最も色鮮やかな商品です。色も黒と白の2種類があり、食卓の雰囲気に合わせて選ぶことが出来ます。

100年近く経った今も色褪せないそのデザインは、飽きのこないデザインとしての価値をすでに証明済み。
テーブルをエレガントに彩るプレースマットは大切な方への贈り物にも最適です。

 


建築家のフランク・ロイド・ライトフランク・ロイド・ライト

1867年アメリカ ウィスコンシン州生まれ。20世紀最も影響ある建築家の一人。
アメリカ大陸を中心に活躍し、日本にもいくつか作品を残している。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれる。基本的にはモダニズムの流れをくみ、幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴。
ウィスコンシン大学マディソン校土木科を中途退学後、叔父ジェンキンの紹介により、建築家のジョセフ・ライマン・シルスビーの事務所で働き始めるが、1年ほどで退職。アドラー=サリヴァン事務所へと移った。1893年、アドラー=サリヴァン事務所を辞し、独立して事務所を構える。独立した1893年から1910年までの17年間に計画案も含め200件近い建築の設計を行い、1906年のロビー邸等、プレイリースタイル(草原様式Prairie Style)の作品で知られるようになる。1913年、帝国ホテル新館設計の為に訪日。1930年代後半になるとカウフマン邸(落水荘)、ジョンソンワックス社と相次いで2つの代表作を世に発表し、70歳代で再び歴史の表舞台に返り咲く。同時期にはプレイリースタイルの発展形である「ユーソニアン・ハウス」と名付けられた新たな建築方式を考案し、これに則った工業化住宅を次々と設計した。1959年没 。
代表作は他にも1937年アリゾナ州立大学記念劇場、1959年グッゲンハイム美術館などがあり、現在も使用されている。



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