山下社長が行く!
ウズベキスタン
タイル・建築を学ぶ旅 前編



ASTASアドバイザー山下社長が、ウズベキスタンに研修旅行に行ってきました!
SNSで度々美しい建築やその装飾を写真をご紹介してましたが、もう少しだけ詳しくレポートします!


アスタス社長
サマルカンド−samarkand-
今回訪れたのはウズベキスタンの古都、サマルカンド。
なんとなく聞いたことがある名前の都市かと思われますが、それもそのはず!首都タシケントから鉄道で約2時間の距離にある、ウズベキスタンで最も有名な観光都市です。
サマルカンドはかつて、シルクロードの中継点として発展した場所。
抜けるように美しい青空と、繁栄の象徴であった青い建築群(モスク)の色から『青の都』と呼ばれ、今でも沢山の人が訪れています。
美しい青い装飾タイルが使われた、とても華やかな建物を沢山見てきました!
アスタス研修旅行中タシケントとサマルカンドを結ぶ高速鉄道「アフラシャブ号」

 

アフラシャブ博物館

−ソグド人(シルクロード交易時代の商業民族)の絵画が見もの−
アレクサンドロス大王時代のコインをはじめ、ソグド人が信仰したゾロアスター教(拝火教)の祭壇や偶像など、アフラシャブの丘からの出土品が数多く展示されています。
中でも最大の見ものは7世紀の領主の宮殿から発見されたソグド人の絵画。当時の華やかな貴族たちの姿が描かれています。
また、壁画の別の面には朝鮮人や船に乗った中国人の公女たちも描かれていて、当時の交易圏の広さが伺えます。
アスタス研修旅行アフラシャブ

ソグド人の壁画

アスタス研修旅行アフラシャブアフラシャブの丘の全体模型
アスタス研修旅行アフラシャブシルクロードの地図

 

アフラシャブの丘

−モンゴル軍に破壊された旧サマルカンド−
現在のアフラシャブの丘は生命感のない荒野になっていますが、チンギス・ハーン率いるモンゴル軍によって徹底的に破壊される以前、何世紀もの間サマルカンドの町はこの丘の上に築かれてきたそうです。発掘調査の結果、文化の痕跡が11層もの厚さで積み重なっているのが確認されています。
当時のサマルカンドは道が舗装され、水道が各家庭に延び、緑に溢れた街であったとの事。ともすれば今でもこの丘に素敵な街を築いていたのかも知れませんね。
アスタス研修旅行アフラシャブの丘ラクダの隊商の像
アスタス研修旅行アフラシャブの丘何もない旧サマルカンドの丘

 

ウルグベク天文台跡

−驚くべき正確さの天文台−
1928年に建てられた天文台。1908年に土に埋もれた天文台が発掘され、現在は丸い天文台の基礎と地下部分のみが残っています。
かつては地下部分の11mと合わせて40mの高さがあり、弧長は約63メートル巨大な建物だったそうです。その当時の建物の復元模型を見ると、現在の天文台を彷彿とさせますね。
さらに、学者として活躍したウルグベクはこの時代に、現代の精密機器と1分にも満たない誤差で恒星時1年を推測しているという驚きの記録が残っています。
アスタス研修旅行天文台
アスタス研修旅行天文台

天文台入口

アスタス研修旅行天文台外から見ると筒状
アスタス研修旅行天文台六分儀の遺構
アスタス研修旅行天文台天文台建物の復元模型
アスタス研修旅行天文台ウルグベク像

 

ビビハニム・モスク

ー中央アジア最大級のモスクー
かつてイスラーム世界で最大の規模を誇ったモスク。
1399年から建設をはじめ、1404年に異例の早さで完成しました。
巨大な建造物を急ピッチで造り上げた事により傷みも早く、地震でその姿を止めないほど損壊したため、現在も修復が進められています。
当時は巨大な正面玄関を入ると、正面には大モスク、左右には小モスクが立ち、四方には高いミナレットがそびえ立ち、中庭には大理石が敷き詰められ、建物はマヨルカ、モザイクタイルや大理石彫刻で飾られていたとの事。現在はほとんど残っていませんが、中庭中央には巨大な大理石のラウヒ(書見台)が残っています。

アスタス研修旅行モスク
アスタス研修旅行モスク入り口もかなりの大きさ
アスタス研修旅行天文台修復の様子
アスタス研修旅行モスク天井の美しい装飾
アスタス研修旅行モスク内壁
アスタス研修旅行モスク青い装飾

 

アスタス研修旅行モスクバザール入口

ビビハニム・モスクの隣には現地の人たちが集うバザールがあり、日本では珍しい食べ物などが沢山あります。
現地の生活感や人との交流を体感できるので、立ち寄ってみるのも楽しいですね!

アスタス研修旅行

 


ASTAS
ASTAS

明日(アス)に「+(タス)」ヒントがここにある。 アスタスは「住空間に関わる全てを提案する」ことをコンセプトに掲げ、建築、インテリア、ガーデン、アートのスペシャリストが集いスタートした「住空間提案サイト」です。